テニスの指導法が大きく変わってきている
「まずは正しいフォームから」 「型ができてから試合をしましょう」
従来のテニス指導では、これが当たり前でした。でも今、世界のテニス指導は大きく変わってきています。
その中心にあるのが、**ゲーム・ベースド・アプローチ(Game-Based Approach: GBA)**という考え方です。
これは、従来の「型」や「打ち方」の練習を中心とする指導とは異なり、ゲーム(試合)を中心に置いて指導を進めるという、現代的な指導方法です。
今日は、このゲーム・ベースド・アプローチについて、詳しく見ていきましょう。
従来の指導法との違い
まず、従来の指導法と何が違うのか、整理してみましょう。
従来の指導法
- 正しいフォームを教える
- 反復練習でフォームを固める
- ある程度打てるようになってから試合をする
- 試合で技術を使う
ゲーム・ベースド・アプローチ
- まず試合(ゲーム)を体験する
- 試合の中で「どうすれば勝てるか」を考える
- その課題を解決するために必要な技術を学ぶ
- 学んだ技術をまた試合で使う
根本的な順序が逆なのです。技術から入るのではなく、ゲームから入る。これが最大の違いです。
ゲーム・ベースド・アプローチの4つの特徴
では、この指導法の具体的な特徴を見ていきましょう。
1. ゲーム体験の重視
できるだけ早い段階から、ゲームの要素を経験させることを重視します。
初心者でも、初日からサーブを打ち、ラリーをし、得点を競う。もちろん、コートのサイズを小さくしたり、柔らかいボールを使ったり、ルールを簡略化したりしますが、「テニスというゲーム」そのものは初日から体験するのです。
これは、サッカーで考えると分かりやすいかもしれません。サッカーを始める子供に、最初からドリブルの型を教え込むでしょうか? 多くの場合、まずボールを蹴って、ゴールを決める楽しさを体験させますよね。
テニスも同じです。まずゲームの楽しさを知る。それが上達の原動力になるのです。
2. 戦術的理解の促進
ゲーム・ベースド・アプローチでは、技術(打ち方)を教えることから始めるのではなく、「どうすればゲームに勝てるか」という戦術的な課題解決を先に考えさせます。
これが、最も革新的なポイントかもしれません。
従来の指導例
「ネットミスが多いですね。ボールを上から下に擦るように打ちましょう。こういうフォームで…」
ゲーム・ベースド・アプローチの指導例
「ネットミスが多いですね。どうすればネットしないような打球が打てると思いますか?」
生徒に考えさせるのです。
「もっと高く打てばいいんじゃないかな」 「ボールに回転をかければいいのかも」
そう、生徒自身が答えを見つけるのです。そして、その方法を実現するための技術を、コーチが導いていく。
この「自分で考えて、自分で答えを見つける」プロセスこそが、本当の理解につながります。教えられた技術より、自分で発見した技術の方が、はるかに定着しやすいのです。
3. 試合に近い練習(Practice Like a Match)
実際の試合の状況や局面に近い形で練習を行い、その中で必要な技術や判断力を習得していきます。
単調な球出し練習ではなく、常に試合を意識した練習。
- 相手がいる状態で練習する
- 得点を競いながら練習する
- 試合と同じプレッシャーの中で練習する
- 予測不可能な状況に対応する練習をする
こうした「試合に近い練習」を積み重ねることで、技術と同時に、試合で必要な判断力や対応力も自然と身につくのです。
4. 対人スポーツとしての理解
テニスは相手がいる対人スポーツです。だからこそ、相手との駆け引きや状況判断といった、ゲームの中で求められるスキルを重視します。
どんなに美しいフォームで打てても、相手のいない状況だけで練習していては、試合では使えません。
- 相手の動きを見て判断する
- 相手の意図を読む
- 相手の裏をかく
- 状況に応じて戦術を変える
これらは、実際に相手と対峙する中でしか学べないスキルです。ゲーム・ベースド・アプローチでは、こうした「対人スキル」を初期段階から重視するのです。
国際的にも推奨されている
この考え方は、単なる一つの指導法ではありません。国際テニス連盟(ITF)が推奨する「TENNIS Play & Stay」プログラムも、このゲーム・ベースド・アプローチの考え方に基づいています。
「Play & Stay」の「Play」は「遊ぶ、プレーする」、「Stay」は「続ける」という意味。つまり、初日からテニスをプレーし、楽しいから続けるという考え方です。
特に初心者や子供への指導で、世界中で広く活用されており、日本でも多くのスクールがこの方法を取り入れ始めています。
なぜゲーム・ベースド・アプローチが効果的なのか
では、なぜこの方法が効果的なのでしょうか。
1. モチベーションが続く
「型の練習」は退屈になりがちです。でも「ゲーム」は楽しい。楽しいから続けられる。続けるから上達する。
2. 実践的な技術が身につく
試合で使える技術と、練習だけの技術は違います。ゲームの中で学ぶことで、最初から実践的な技術が身につきます。
3. 考える力が育つ
自分で課題を見つけ、自分で解決策を考える。この思考プロセスが、テニスだけでなく、人生全般に役立つ力になります。
4. 試合への移行がスムーズ
普段からゲームをしているので、「試合」への心理的ハードルが低い。試合デビューで緊張しすぎることも少なくなります。
従来の方法が間違いではない
ここで大切なことをお伝えしたいのですが、従来の方法が間違っているわけではありません。
型をしっかり学ぶことにも、大きな価値があります。美しいフォーム、効率的な体の使い方。これらは長く続ける上で重要です。
ゲーム・ベースド・アプローチは、従来の方法を否定するものではなく、「まずゲームありき」という視点を加えるものです。
理想は、両方のバランスです。ゲームで課題を見つけ、技術練習で磨き、またゲームで試す。このサイクルが、最も効果的な上達法なのです。
あなたの練習に取り入れるには
では、この考え方を、あなたの練習にどう取り入れればいいでしょうか。
1. 練習の最初にミニゲームをする
ウォームアップ代わりに、5分でもいいので簡単なゲームをします。そこで見つけた課題を、その日の練習テーマにします。
2. 「なぜ?」を考える習慣
コーチや上級者からアドバイスをもらったとき、「なぜそうするのか」「どんな場面で使うのか」を考える習慣をつけます。
3. 練習の最後にもゲームをする
その日学んだことを、実際のゲームで試してみます。使えたか、使えなかったか。それが次の練習につながります。
4. 友人との練習は「試合形式」で
友人と打つときは、ただラリーするだけでなく、得点を競うゲーム形式を取り入れます。
ゲームから学ぶ喜び
テニスは、ゲームです。そして、ゲームは楽しいものです。
ゲーム・ベースド・アプローチは、その楽しさを原点に据えた指導法です。楽しみながら学び、学びながら楽しむ。このサイクルこそが、長く続けられる、そして確実に上達する秘訣なのです。
次回コートに立つときは、ぜひ「ゲーム」から始めてみてください。フォームの練習ばかりではなく、実際に得点を競い、勝つための工夫を考える。
その中で見つけた課題を、技術練習で磨く。そしてまたゲームで試す。
このサイクルを回し続けることで、あなたのテニスは、もっと実践的に、もっと楽しくなるはずです。
さあ、今日からあなたも「ゲーム・ベースド・アプローチ」を取り入れてみませんか? テニスの本当の楽しさが、きっと見えてくるはずです。


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