「どう打つか」より「どこに立つか」
前回の記事で、ダブルスはシングルスとは全く別の競技であることを学びました。そして、ダブルスで最も重要な要素の一つが**「陣形」**です。
ダブルスの勝敗を分けるのは、「どんなショットを打つか」よりも、**「どんな陣形で構えるか」**なのです。
陣形は、戦術の地図です。どこに立つかによって、守れる範囲、攻められる範囲、相手に与えるプレッシャー、すべてが変わります。
相手のパターンに応じて、瞬時に陣形を選べるようになると、ダブルスの支配力が一気に上がります。
今回は、ダブルスの3つの基本陣形(雁行陣・平行陣・変則陣)の特徴、使い分け、そして陣形転換のタイミングについて、詳しく解説します。
これをマスターすれば、あなたはもう「陣形に振り回される側」ではなく、**「陣形を使いこなす側」**になれるはずです。
① 雁行陣 ― 安定型だが攻撃力は低め
雁行陣とは
**雁行陣(がんこうじん)**は、一人が前衛(ネット付近)、もう一人が後衛(ベースライン付近)に位置する陣形です。
最も基本的で、初心者からでも使いやすい陣形であり、ダブルスの出発点とも言えます。
雁行陣の特徴
メリット
1. 守備範囲が広い 前後に分かれることで、ロブにも低いボールにも対応しやすくなります。
2. 安定性が高い 後衛がストロークでラリーを続けられるため、ミスが少なく、安定したプレーができます。
3. 初心者でも取り組みやすい 役割が明確(前衛=ボレー、後衛=ストローク)で、シンプルです。
デメリット
1. 前衛が動けない=後衛の負担が大きい 前衛がボールに触れる機会が少なく、結果的に後衛一人で戦うことになりがちです。
2. 攻撃力が低い ネットに詰める人数が少ないため、決定力に欠けます。
3. 「守りながら作る」ラリー型に最適だが、ポイントが長くなる ラリーを続けて相手のミスを待つ戦術には適していますが、積極的に攻めて決めるのは難しいです。
雁行陣の弱点
雁行陣には、構造的な弱点があります。
1. 中ロブ(ミドルロブ)で崩されやすい 前衛と後衛の中間地点にロブを打たれると、どちらが取るべきか迷い、スペースができます。
2. アングル(角度のあるショット)に弱い 前衛の横を抜かれると、後衛は大きく走らされます。
3. 前衛の頭上を抜かれると立て直しが難しい ロブで抜かれた後、陣形が崩れたまま守備に回ります。
雁行陣を使うべき状況
- リターンゲーム:相手のサーブが強く、攻め込まれている時
- 相手の攻撃が激しい時:まずは守備を固めて、チャンスを待つ
- ペアのボレーが苦手な時:後衛だけでラリーを組み立てる
雁行陣は「守りの陣形」として、状況に応じて戦略的に使いましょう。
② 平行陣 ― 攻撃と制圧の形
平行陣とは
**平行陣(へいこうじん)**は、二人ともネット付近に位置する陣形です。
前後ではなく、左右に並ぶため、「平行」と呼ばれます。ダブルスの理想形とも言われる攻撃的な陣形です。
平行陣の特徴
メリット
1. ネットプレッシャーで相手に時間を与えない 二人ともネットに近いため、相手は時間的余裕がなく、プレッシャーを感じます。
以前の記事「時間を奪い合うスポーツ」(第7話)で解説したように、ネットに近いということは、相手から時間を奪うことを意味します。
2. 決定力が高い ボレーで積極的に攻められるため、短時間でポイントを取れます。
3. 守備範囲が効率的 左右に並ぶことで、前のスペースを効率的にカバーできます。
デメリット
1. ロブに弱い 二人とも前にいるため、頭上を抜かれると一気にピンチになります。
2. 低いスライスや足元のボールに対応が難しい ローボレーの処理が求められ、技術が必要です。
3. 陣形を作るまでが難しい 雁行陣から平行陣への転換には、タイミングと技術が必要です。
平行陣との相性が良い戦術
1. サーブ&ボレー サーブを打った後、すぐに前に詰めてボレー。これにより、自然と平行陣が完成します。
2. リターンダッシュ リターンを打った直後、前に詰める。これも平行陣を作る有効な手段です。
3. アプローチショット 相手の浅いボールに対して前に詰め、ボレーで決める。
平行陣の弱点
1. ロブへの対応 二人とも前にいるため、ロブで抜かれると致命的です。対策として、片方が「ロブケア」として少し下がることもあります。
2. 足元への低いボール ローボレーの精度が求められます。これができないと、平行陣は機能しません。
平行陣を使うべき状況
- サーブゲーム:自分たちのサーブで攻撃的に展開したい時
- 相手が守勢に回っている時:チャンスボールが来たら、積極的に前へ
- 短時間でポイントを取りたい時:ラリーを避け、ボレーで決める
平行陣は「攻めの陣形」として、主導権を握っている時に使いましょう。
③ 2バック(ツーバック)― 完全な守りの陣形
2バックとは
2バックは、二人ともベースライン付近に位置する陣形です。
雁行陣や平行陣とは異なり、前衛を置かず、両者が後衛として守る、完全な守備型の陣形です。
2バックの特徴
メリット
1. ロブへの対応が完璧 二人とも後ろにいるため、相手のロブを恐れる必要がありません。
2. 守備範囲が最大 左右に並んでベースラインをカバーするため、ストロークでの守備力が最高です。
3. ラリーの継続力が高い 二人ともストロークが得意なら、粘り強く返球し続けられます。
デメリット
1. 攻撃力がほぼゼロ 前衛がいないため、ボレーで決めることができず、ポイントが長くなります。
2. 相手に前を取られると不利 相手が平行陣で攻めてくると、プレッシャーを受け続けます。
3. 疲労が蓄積しやすい 常に走り続ける必要があり、体力的に厳しくなります。
2バックを使うべき状況
1. 相手が平行陣で攻めてきて、ロブで崩したい時
- 相手が二人とも前にいるなら、ロブで頭上を抜くチャンス
- 2バックで後ろに構え、確実にロブを打てる体勢を作る
2. 風が強くてネットプレーが難しい時
- 強風でボレーのコントロールが効かない
- 後ろに下がって、ストローク勝負に持ち込む
3. 試合終盤で疲れているペアが相手の時
- ラリーを長引かせて、相手の体力を削る戦術
- 2バックで粘り、相手のミスを誘う
4. 相手のボレーが強力すぎる時
- 前に出ても決められてしまう場合
- 一旦2バックに引いて、相手の攻撃パターンを見極める
2バックの注意点
2バックは、あくまで一時的な守備陣形として使うべきです。
ずっと2バックのままでは、主導権を相手に渡し続けることになります。ロブで相手陣形を崩したら、すぐに雁行陣や平行陣に転換して、攻撃に転じることが重要です。
2バック → ロブで崩す → 雁行陣へ転換 → チャンスがあれば平行陣へ
この流れを意識しましょう。
④ 変則陣 ― “相手を惑わす”応用形
変則陣とは
変則陣は、通常の雁行陣・平行陣とは異なる、特殊な配置の陣形です。
代表的なものに、アイフォーメーションとオーストラリアン陣があります。
これらは、相手のリターンコースを限定したり、相手の意表を突いたりする、戦術的な布陣です。
アイフォーメーション(Iフォーメーション)
配置
サーバーがセンターからサーブを打ち、前衛がセンター(ネット中央)に構える陣形。
上から見ると、二人が縦に並んで「I」の字に見えることから、この名前がつきました。
目的
相手のリターンコースをセンター限定にさせることで、前衛がポーチしやすくする。
使い方
- サーブを打つ前に、ペアと「アイフォーメーションでいく」と合図
- 前衛がセンターにしゃがんで構える
- サーブ後、前衛は左右どちらかに動く(事前に決めておく)
- サーバーは、前衛が動いた逆側をカバーする
効果
相手は「前衛がどちらに動くか分からない」ため、リターンに迷いが生まれます。
オーストラリアン陣
配置
サーバーがワイドからサーブを打ち、前衛がサーバーと同じサイド(通常と逆)に構える陣形。
目的
相手のリターンをクロス限定にさせることで、前衛がポーチしやすくする。
使い方
- サーバーがデュースサイド(右側)からサーブする場合、前衛も右側に立つ
- 相手は、前衛を避けるために、クロス(サーバー側)にリターンせざるを得ない
- サーバーがそのクロスリターンを待ち構えて攻撃
効果
相手のリターンコースを限定し、サーバー側に誘導できます。
変則陣を成功させるには
変則陣は、通常の陣形より高度な戦術です。成功させるには、以下が必要です。
1. 事前の合図 ペアとの意思疎通が絶対に必要。「次はアイフォーメーションで」と、サーブ前に確認します。
2. ペアの信頼 前衛が動く方向を信じて、サーバーは逆側をカバーする。この信頼関係がないと機能しません。
3. サーブの安定性 変則陣は、サーブが入ることが前提。ダブルフォルトでは意味がありません。
変則陣を使うべき状況
- 相手のリターンパターンが読めている時:クロスばかり打つ相手には効果的
- 流れを変えたい時:いつもと違う陣形で、相手を混乱させる
- サーブゲームで優位を作りたい時:攻撃的な布陣で主導権を握る
変則陣は「サプライズの陣形」として、ここぞという時に使いましょう。
④ 陣形転換のタイミング
陣形は、固定するものではありません。試合中に柔軟に変化させることが、ダブルスの面白さであり、勝利の鍵です。
陣形転換の判断基準
1. 相手のリターン傾向
- 相手が深いリターンを打ってくる → 雁行陣で守る
- 相手のリターンが浅い → 平行陣に転換して攻める
2. 自分たちの得点パターン
- ストロークラリーでポイントを取れている → 雁行陣を維持
- ボレーで決まっている → 平行陣を増やす
3. スコアと流れ
- リードしている → 安定の雁行陣
- 追い込まれている → 平行陣や変則陣でリスクを取る
1ゲーム中に意図的に変化をつける例
サーブゲームでの陣形変化
第1ポイント: 雁行陣でスタート。様子見。 第2ポイント: 相手のリターンが浅かったので、平行陣に転換。 第3ポイント: アイフォーメーションで相手を惑わす。 第4ポイント: また雁行陣に戻して、相手を混乱させる。
このように、意図的に陣形を変えることで、相手は対応しきれなくなります。
以前の記事「モメンタム理論」(第19話)で学んだように、相手のリズムを崩すことが重要です。陣形の変化は、そのための有効な手段なのです。
陣形転換の具体的な動き
雁行陣から平行陣への転換
- 後衛が攻撃的なショットを打つ(相手を押し込む)
- そのショットと同時に、前に詰める
- 前衛と並ぶ形になり、平行陣完成
平行陣から雁行陣への後退
- 相手の強いショットで押し込まれる
- 片方(通常は後衛側)がベースラインまで下がる
- もう片方は前に残り、雁行陣に戻る
陣形転換は、一瞬の判断です。ペアとの連携と、状況判断力が試されます。
⑤ 状況別おすすめ陣形表
実践で使えるように、状況別のおすすめ陣形を表にまとめました。
| 状況 | おすすめ陣形 | 理由・ポイント |
|---|---|---|
| 自分たちのサーブゲーム(リードしている) | 平行陣 | 攻撃的に展開。サーブ&ボレーで積極的に前へ |
| 自分たちのサーブゲーム(追い込まれている) | 変則陣(アイフォーメーション) | 流れを変える。相手を混乱させる |
| 相手のサーブゲーム(リターンゲーム) | 雁行陣 | まずは守備を固める。中ロブで相手陣形を崩す |
| 相手の浅いボールが来た時 | 平行陣への転換 | チャンス!前に詰めて攻撃 |
| 相手が強打してくる時 | 雁行陣 | 守備範囲を広げて、まずは返球 |
| 相手がロブを多用してくる時 | 雁行陣(片方やや下がる) | ロブに対応しやすい配置 |
| タイブレーク(接戦) | 自分たちの得意な陣形 | プレッシャー下では、慣れた陣形が安心 |
| 風が強い日 | 雁行陣 | ボレーが難しいため、ストローク重視 |
具体的な試合展開例
例①:リターンゲームでのブレイク戦略
目的: 相手のサーブゲームを取る(ブレイク)
戦術:
- 雁行陣からスタート
- リターンを深く、低く返す
- 相手の返球が浅くなったら、中ロブで相手前衛の頭上を狙う
- 相手陣形が崩れたところで、平行陣に転換して攻める
例②:サーブゲームでのキープ戦略
目的: 自分たちのサーブゲームを守る(キープ)
戦術:
- 平行陣でスタート。サーブ&ボレーで攻撃的に
- 相手のリターンが強かったら、一旦雁行陣に後退
- 次のポイントで、アイフォーメーションを使って相手を惑わす
- 変化をつけることで、相手のリターンリズムを崩す
陣形を使いこなすための練習方法
理論を学んだら、実践です。陣形を体に染み込ませる練習方法を紹介します。
練習①:陣形固定練習
方法:
- 「今日は雁行陣だけで練習」と決める
- 試合形式で、その陣形だけを維持してプレー
- 次の週は平行陣だけ、その次は変則陣だけ
効果: 各陣形の感覚を体で覚えられます。
練習②:陣形転換練習
方法:
- 雁行陣からスタート
- コーチや練習相手が「転換!」と声をかけたら、平行陣に移動
- 実際のボールを打ちながら、動きを練習
効果: 陣形転換の動きとタイミングが身につきます。
練習③:状況別シミュレーション
方法:
- 「相手のサーブゲーム、0-40でリードしている」などのシチュエーションを設定
- その状況で、どの陣形を使うべきか判断して、実際にプレー
効果: 試合での判断力が養われます。
次回予告:配球理論で4人の位置関係を支配する
今回は、陣形の使い分けについて学びました。雁行陣・平行陣・変則陣、それぞれの特徴と使い分けが理解できたでしょうか。
次回(第23話)は、**「配球理論:4人のポジション関係で考える」**として、どの陣形で、どこに打つべきかを、さらに詳しく解説します。
陣形を決めた後は、「どこに打つか」が重要です。4人の位置関係を読み、最適なコースを選択する。この配球理論をマスターすれば、あなたのダブルスは戦略的になります。
まとめ:陣形は戦術の地図
陣形は、ダブルスにおける戦術の地図です。
- 雁行陣:守りながらチャンスを作る安定型
- 平行陣:攻撃と制圧の理想形
- 変則陣:相手を惑わすサプライズ
そして、陣形は固定するものではなく、状況に応じて柔軟に変化させるもの。
相手のパターン、自分たちの得点パターン、スコアの状況。これらを総合的に判断して、最適な陣形を選ぶ。
陣形を制する者が、ダブルスを制する。
次回も、さらに深くダブルスの世界を探求していきます。陣形マスターへの道、一緒に歩んでいきましょう!


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