「どこに打つか」はダブルス最大の思考課題
前回までで、ダブルスの基本(第21話)と陣形の使い分け(第22話)を学びました。
では、陣形を決めた後、次に何を考えるべきでしょうか?
それは、**「どこに打つか」**です。
シングルスなら、相手一人の位置を見て、オープンコートに打てば良い。シンプルです。
でもダブルスは違います。コート上に4人が存在します。
- 相手の前衛
- 相手の後衛
- 自分のペア
- そして自分
この4人の位置関係を同時に把握し、最もリスクが少なく、最も効果的なコースを選ぶ。この**”4D思考”**が、ダブルスの配球の本質です。
今回は、ダブルスにおける配球理論を、具体的な戦術パターンとともに解説します。これをマスターすれば、あなたは「なんとなく打つ」のではなく、**「戦略的に打つ」**プレイヤーになれるはずです。
① 「相手の前衛をどう避けるか」ではなく「どう使うか」
初心者の発想:前衛は避けるもの
ダブルス初心者が最も恐れるのが、相手の前衛です。
「ボレーされたら終わりだ…」 「前衛の反対側に打たなきゃ…」
この「前衛を避ける」という発想は、自然です。でも、これだけでは不十分なのです。
上級者の発想:前衛は利用するもの
ダブルスの上級者は、前衛を全く違う視点で見ています。
「前衛をどう使うか」
前衛は、避けるだけの存在ではなく、利用できる存在なのです。
戦術①:前衛の動きを読ませる→逆を突く
具体的な方法
- 最初の2〜3ポイントは、前衛の逆側(クロス)にばかり打つ
- 相手前衛は「この人はクロスしか打たない」と認識する
- 前衛の動きが消極的になる(クロスをカバーすることに集中)
- そのタイミングで、あえて前衛側(ストレート)に打つ
- 前衛は反応が遅れ、抜ける
これは、以前の記事「格上に勝つための5つの心理戦術」(第18話)で紹介した「一度、相手の物語に乗ってから裏切る」戦術と同じです。
パターンを見せて安心させ、そこから裏切る。前衛を利用した高度な配球です。
戦術②:あえて前衛側を打って”触らせてミス誘発”
さらに高度な戦術として、あえて前衛に触らせるというものがあります。
具体的な方法
- 相手前衛の足元ギリギリに低いボールを打つ
- 前衛は「取れるかも」と手を出す
- でも完璧には取れず、中途半端なボレーになる
- その甘いボールを自分たちが決める
これは「前衛に触らせてミスさせる」戦術です。完全に避けるのではなく、難しい処理を強いることで、主導権を握ります。
以前の記事「時間を奪い合うスポーツ」(第7話)で解説したように、低いボールは相手から時間を奪います。前衛の足元への低いボールは、ダブルスの強力な武器なのです。
前衛との心理戦
配球は、単なる物理的な技術ではありません。相手前衛との心理戦でもあります。
- 「この人はどこに打ってくるんだろう?」と前衛に考えさせる
- 「クロスだな」と思わせておいて、ストレートを突く
- 「避けてくるだろう」と思わせておいて、あえて足元を狙う
この読み合いこそが、ダブルスの醍醐味です。
② ペアとの連携パターン3種
配球を考える上で、もう一つ重要な視点があります。それは、自分のペアとの連携です。
ダブルスは二人で戦うスポーツ。自分のショットは、ペアの次のプレーにつながります。だから、「ペアが次に何をしやすいか」を考えた配球が必要なのです。
パターン①:前衛主導型 ― ポーチで決めるチーム
特徴 ペアの前衛がボレーで決める力がある場合、前衛にチャンスボールを作る配球を組み立てます。
配球の流れ
- 後衛(自分)が、相手を左右に振る or 深く押し込む
- 相手の返球が甘くなる(浅い、軌道が高い)
- ペアの前衛が**ポーチ(横取り)**してボレーで決める
具体的な配球例
- 相手のバック側に深いボールを打つ → 相手の返球がクロスに浮く → ペアの前衛がポーチ
- 相手を大きく走らせる → 体勢が崩れた返球 → ペアの前衛が決める
後衛の役割 自分が決めるのではなく、ペアが決めやすいボールを相手に打たせること。
第21話で学んだ「伏線プレー」の実践です。
パターン②:後衛主導型 ― ラリーで崩して前衛が締める
特徴 ペアの前衛がそれほど強くない、あるいは相手の攻撃が強い場合、後衛が主導してラリーを組み立てる配球です。
配球の流れ
- 後衛(自分)が、ラリーで相手を徐々に崩していく
- 深いボール、角度のあるボール、緩急をつけたボールなど、様々なショットで揺さぶる
- 相手が明らかに不利な体勢になったら、決定打を打つ
- または、ペアの前衛が最後に締める
具体的な配球例
- 深い、深い、浅い、のリズム変化で相手を前後に動かす
- クロス、クロス、ストレートで相手を左右に振る
- 高いスピン、低いスライスで打点を変えさせる
後衛の役割 ラリーの主導権を握り、ペアが最後に決めやすい状況を作ること。
パターン③:対角連携型 ― クロスとセンターを使い分ける
特徴 お互いの位置関係を活かして、**クロスとセンター(センターセオリー)**を使い分ける配球です。
配球の流れ
- 後衛が、対角線上の相手(相手の後衛)とクロスラリーを展開
- 相手の返球が甘くなったら、センター(二人の真ん中)を狙う
- 相手ペアが混乱し、どちらが取るか迷う → ミスまたは甘いボール
- 自分たちが決める
センターセオリーとは
ダブルスの重要な原則の一つ。相手ペアの真ん中を狙うと、どちらが取るか迷いが生じ、ミスが出やすいという理論です。
特に、相手が雁行陣の場合、前衛と後衛の中間は「責任の空白地帯」になりやすく、効果的です。
具体的な配球例
- クロスラリーを3本続ける → 4本目をセンターへ
- 相手を外に追い出す → 戻ってきたところでセンターを突く
ペアとの連携で大切なこと
どのパターンを使うにしても、大切なのはペアとの意思疎通です。
- 「自分は崩し役、ペアは決め役」という役割分担の確認
- ポイント間での簡単な声かけ(「次はセンター狙おう」など)
- 試合前に、どのパターンを主に使うか相談しておく
次回(第24話)では、このコミュニケーション術をさらに詳しく解説します。
③ 相手ペアの崩し方
配球の最大の目的は、相手ペアの陣形を崩すことです。相手の陣形別に、効果的な配球パターンを見ていきましょう。
相手が雁行陣の場合:「前衛の背中を突く中ロブ」
雁行陣の弱点
第22話で学んだように、雁行陣は**前衛と後衛の中間(ミドルエリア)**が最大の弱点です。
効果的な配球
中ロブ(ミドルロブ):前衛の頭上を越えるが、後衛が前に走れば取れるギリギリの高さのロブ
なぜ効果的か
- 前衛は「自分が取るべきか?」と迷う
- 後衛は「前に走って取るべきか?」と迷う
- この迷いが、ミスやコミュニケーションエラーを生む
具体的な配球の流れ
- まずは低く深いボールで、相手後衛をベースラインに釘付けにする
- 相手前衛が積極的に動き出したら、その背中を狙って中ロブ
- 相手ペアが混乱したところで、次のボールを決める
追加戦術:アングル(角度)で前衛の横を抜く
中ロブで縦を攻めたら、次は横。角度のあるショットで前衛の横を抜くと、後衛は大きく走らされます。
相手が平行陣の場合:「足元とセンター割り」
平行陣の弱点
平行陣は攻撃的ですが、足元への低いボールと**センター(二人の真ん中)**に弱いです。
効果的な配球①:足元への低いボール
二人ともネットに詰めているため、ローボレー(低い位置のボレー)を強いることができます。
- スライスで低く滑るボール
- 相手の足元ギリギリを狙う
- 相手は持ち上げざるを得ず、攻撃力が削がれる
効果的な配球②:センター割り
平行陣の二人の真ん中(センターライン付近)を狙うと、「どちらが取るか」の混乱が生まれます。
特に、フォアとバックの境目を狙うと、お互いがバック側で取ることになり、攻撃力が落ちます。
具体的な配球の流れ
- まずは足元への低いボールで、相手を下がらせる
- 相手の返球が浮いたら、センターを強打
- 相手ペアの連携が乱れたところで、オープンコートに決める
追加戦術:ロブで頭上を抜く
足元攻めに慣れてきた相手には、突然ロブで頭上を抜きます。平行陣の最大の弱点は、やはりロブです。
ペア間の空間=一番ミスが生まれやすい”心理的死角”
どの陣形でも共通する弱点があります。それが、ペア間の空間です。
この空間は、物理的にはボールが通る場所ですが、心理的には**「どちらが取るべきか」という迷いが生まれる場所**です。
心理的死角とは
- 「ペアが取るだろう」と思って自分は動かない
- 「自分が取るべきか?」と一瞬迷う
- この迷いが、0.1秒の遅れを生み、ミスにつながる
センターセオリーの心理学的根拠
センターを狙うことが効果的なのは、この心理的死角を突くからです。
特に、ペア間のコミュニケーションが十分でない相手には、センター攻めが極めて有効です。
④ 配球の基本原則まとめ
ここまで、様々な配球パターンを見てきました。最後に、ダブルスの配球における基本原則をまとめておきましょう。
原則①:「ラインではなく人を見る」
シングルスでは、ラインを狙います。「ここに打てば入る」という物理的な判断です。
でもダブルスでは、ラインよりも人の位置を見ます。
- 相手の前衛はどこにいるか
- 相手の後衛の体勢はどうか
- 自分のペアはどこにいるか
この3つを瞬時に把握し、最適なコースを選ぶ。これが「人を見る」配球です。
実践のコツ
打つ直前に、視線を一瞬だけ相手ペア全体に向ける。「スキャン」するように、4人の位置を確認する習慣をつけましょう。
原則②:「確率で勝つ」配球を組み立てる
ダブルスは、エースを取るスポーツではありません。確率で勝つスポーツです。
確率思考とは
- 100%決まる難しいショットより、80%成功する安全なショット
- 1発で決めるより、3球で確実に決める
- リスクとリターンを常に天秤にかける
具体例
❌ 悪い配球:相手前衛のギリギリ横を抜こうとして、ミスが多い ⭕ 良い配球:相手前衛の足元に低く打ち、甘い返球を待つ → 次のボールで決める
以前の記事「試合で勝つ3つの条件」(第6話)で学んだように、「体勢が整った状態で打つ」ことが重要です。確率を上げるために、無理をしない配球を心がけましょう。
原則③:「変化」をつける
同じ配球パターンを繰り返すと、相手に読まれます。
変化をつける要素
- コース:クロス、ストレート、センター
- 高さ:高いロブ、低いスライス
- 深さ:深いボール、浅いボール
- 速さ:速いボール、遅いボール
- 回転:トップスピン、スライス、フラット
これらを組み合わせて、相手に「次は何が来るか分からない」と思わせる。
以前の記事「コントロール5つの要素」(第4話)を思い出してください。左右、前後、高さ、速さ、回転。この5つを意識的に変えることで、配球に変化が生まれます。
原則④:「ペアを活かす」配球
最後に、最も重要な原則。
ダブルスは二人のスポーツです。自分が決めることより、ペアが決めやすいボールを作ることを優先しましょう。
- ペアの得意なショットにつなげる
- ペアがポーチしやすい状況を作る
- ペアの負担を減らす配球
「伏線プレー」の精神を忘れずに。
配球を体に染み込ませる練習方法
理論を学んだら、実践です。配球感覚を養う練習方法を紹介します。
練習①:配球指定練習
方法
- コーチや練習相手が「次はセンター」「次は中ロブ」と指定
- その配球を実際に打つ練習
- 慣れてきたら、自分で判断して打つ
効果 様々な配球パターンを体験し、感覚を磨けます。
練習②:陣形別対策練習
方法
- 相手に特定の陣形(雁行陣 or 平行陣)を取ってもらう
- その陣形を崩す配球を練習
- 中ロブ、センター、足元など、弱点を突く練習
効果 陣形別の配球パターンが体に染み込みます。
練習③:4人の位置関係を意識する練習
方法
- 通常のダブルスの試合形式
- ただし、打つ前に「今、4人はどこにいるか」を確認する習慣をつける
- ポイント後に「なぜそこに打ったか」を説明する
効果 4人の位置関係を見る習慣が身につき、配球の判断力が向上します。
次回予告:コミュニケーション術でペアとの絆を深める
今回は、配球理論として、4人のポジション関係を見ながら最適なコースを選ぶ方法を学びました。
次回(第24話)は、**「ペアとのコミュニケーション術:最強ペアの作り方」**として、試合中の効果的な声かけ、役割分担、そしてトラブル時の関係修復について詳しく解説します。
どんなに優れた配球理論を知っていても、ペアとのコミュニケーションが取れていなければ、ダブルスでは勝てません。次回は、技術ではなく「関係性」に焦点を当てます。
まとめ:配球は4Dチェス
ダブルスの配球は、4次元のチェスのようなものです。
- 相手の前衛の位置と動き
- 相手の後衛の位置と体勢
- 自分のペアの位置と能力
- そして自分の状況
この4つを同時に見て、最適な一手を選ぶ。それがダブルスの配球です。
基本原則を忘れずに:
- ラインではなく人を見る
- 確率で勝つ配球を組み立てる
- 変化をつける
- ペアを活かす
この4つを意識するだけで、あなたの配球は戦略的になります。
配球を制する者が、ダブルスを制する。
次回も、さらにダブルスの奥深い世界を探求していきます。お楽しみに!


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