シングルスは”孤独な戦い”
前回まで、ダブルス完全攻略シリーズ(第21-25話)で、ダブルスの奥深い世界を探求してきました。
今回から始まる新シリーズは、シングルスです。
同じテニスでも、シングルスとダブルスは全く別の競技と言えるほど違います。ダブルスシリーズの第21話で「ダブルスはシングルスとは別競技」と学びましたが、逆もまた真なり。シングルスもダブルスとは別競技なのです。
シングルスは、“孤独な戦い”です。
ペアはいません。相談できる相手もいません。コート上にいるのは、あなたと相手、二人だけ。すべての判断を、自分一人で下さなければなりません。
そして、シングルスは相手との“心理の読み合い”が中心です。
ダブルスではペアとの連携が重要でしたが、シングルスでは相手の心理を読み、裏をかき、自分のペースに持ち込むことが勝利の鍵になります。
「1人でコートを守る」からこそ、戦術の本質を理解する必要がある。
今回は、シングルス完全攻略シリーズの第1回として、ダブルスとの5つの決定的な違いを解説します。この違いを理解することが、シングルスマスターへの第一歩です。
第8部:シングルス完全攻略シリーズ、スタート
このシリーズでは、シングルスを段階的に、そして体系的に学んでいきます。
- 第26話(今回):ダブルスとの違い(基礎理解)
- 第27話:初中級者の戦術(最初に身につけるべきこと)
- 第28話:中上級者の戦術(試合を支配する技術)
- 第29話:MBTI×シングルス戦略(性格別の戦い方)
- 第30話:MBTI×シングルス練習法(タイプ別トレーニング)
では、第1回として、シングルスの本質を5つの違いから見ていきましょう。
① ポジションの自由度 ― 「守備範囲をどう管理するか」
ダブルスは分担、シングルスは全域防衛
第21話「ダブルスの基本」で学んだように、ダブルスではペアとの角度が最も重要でした。
- ペアが右にいれば、自分は左をカバー
- 二人で協力して、コート全体を守る
- 役割を分担する
これがダブルスのポジショニングの基本でした。
一方、シングルスでは、一人でコート全体を守らなければなりません。
左右、前後、すべてを一人でカバーする。この守備範囲の広さが、シングルス最大の特徴です。
角度を消す立ち位置の原則
シングルスのポジショニングには、明確な原則があります。
「相手が打てる角度の中間地点に立つ」
具体例
相手がコートの右側(デュースサイド)にいる場合:
- 相手は、自分の左側(ワイド)と右側(センター)に打てる
- その中間地点、つまり左寄りのセンターに立つ
- これで、左右どちらに打たれても、等距離で対応できる
重要なポイント
「常にセンターマークに立つ」のではなく、「相手の位置に応じて、立ち位置を変える」
これが、シングルスのポジショニングの基本です。
第5話「4つのゾーン」で学んだように、前後のポジションも重要ですが、シングルスでは特に左右のポジショニングが勝敗を分けます。
相手の打点と深さでポジションを変える判断力
さらに高度なポジショニングとして、相手の打点と深さを見て、瞬時に立ち位置を調整する技術があります。
判断基準
相手の打点が高い場合
→ 強い打球が来る可能性が高い
→ 少し後ろに下がって、反応時間を確保
相手の打点が低い場合
→ 攻撃的なショットは打ちにくい
→ 前に詰めて、浅いボールに備える
相手がベースライン後方にいる場合
→ 角度のあるショットは打ちにくい
→ センター寄りに立つ
相手がコート内に入っている場合
→ 角度のあるショットが来る可能性
→ よりワイドをカバーする位置に
この瞬間的な判断力が、シングルスでは極めて重要です。
② 戦術の目的 ― 相手を”走らせる”ゲーム
シングルス=「相手のバランスを崩す」スポーツ
ダブルスでは、第23話「配球理論」で学んだように、4人の位置関係を崩すことが目的でした。
シングルスの目的は、もっとシンプルです。
「相手を走らせて、バランスを崩すこと」
相手が走らされ、体勢が崩れた状態で打たせる。その甘いボールを決める。これがシングルスの基本戦術です。
スペースを作る→突く→締めるの3段階思考
シングルスのポイントの取り方には、明確な3段階のプロセスがあります。
第1段階:スペースを作る
相手を左右に振る、前後に動かす、高低差をつける。これにより、コートにオープンスペースを作ります。
具体例
- 相手を右に走らせる → 左側が空く
- 相手を後ろに下げる → 前が空く
- 相手を前に出させる → 後ろが空く
第2段階:突く
作ったオープンスペースに、正確に打ち込みます。
重要なポイント
焦って強打する必要はありません。確実にスペースに打つことが重要です。
第3段階:締める
相手の返球が甘くなったら、そこを決める。
または、さらにスペースを広げて、相手を完全に崩す。
この3段階を意識する
初心者は、いきなり第3段階(決める)を狙いがちです。でも、シングルスは段階を踏むスポーツです。
1球で決めようとせず、2球、3球とスペースを作り、相手を崩していく。この忍耐が、シングルスの基本です。
コースの組み立ては”チェス”に似ている
シングルスの戦術は、チェスに似ています。
- 1手先、2手先を読む
- 相手の動きを予測する
- 自分の駒(ショット)を配置する
- 相手の王(バランス)を詰める
第8話「ラリーは対話」で学んだように、テニスは対話です。そして、シングルスでは、この対話がより戦略的、より知的になります。
相手が「こう来るだろう」と思ったら、「ではこう返そう」と考える。この思考のゲームが、シングルスの醍醐味なのです。
③ メンタル構造 ― 味方がいないからこその”セルフマネジメント”
試合中の感情制御は”もう一人の自分”を作ること
ダブルスでは、第24話「コミュニケーション術」で学んだように、ペアとの声かけや励ましが重要でした。
でも、シングルスには、ペアはいません。
励ましてくれる人も、アドバイスをくれる人もいません。
すべて、自分一人で解決しなければならないのです。
「もう一人の自分」という考え方
シングルスで強い選手は、心の中に「もう一人の自分」を持っています。
- プレイヤーとしての自分:実際にプレーする
- コーチとしての自分:冷静に状況を分析し、自分にアドバイスする
この二つの自分を使い分けることで、感情をコントロールします。
具体例
ミスをした時
プレイヤー自分:「くそ!なんでミスるんだ!」
コーチ自分:「今のは打点が遅れた。次は早めの準備をしよう」
コーチとしての自分が、プレイヤーとしての自分を冷静に導く。このセルフコーチングが、シングルスのメンタル管理の核心です。
一人で流れを変える「セルフトーク」「リセット技術」
第19話「モメンタム理論」で学んだように、試合には流れがあります。
ダブルスでは、ペアと一緒に流れを変えることができました。でも、シングルスでは、一人で流れを変えなければなりません。
セルフトークの技術
第17話「タイプ別メンタル傾向」で学んだセルフトークを、シングルスで活用します。
流れが悪い時のセルフトーク
「次の1ポイントだけに集中」
「今はディフェンスの時。粘ろう」
「相手も疲れてる。チャンスは来る」
流れが良い時のセルフトーク
「このまま攻めよう」
「自分のリズムだ」
「あと少し。集中を切らさない」
リセット技術
第19話で学んだリセット技術(プレルーチン、視線変更、深呼吸)は、シングルスでさらに重要になります。
ペアに頼れない分、自分でリセットする技術を身につけることが、シングルスでは不可欠なのです。
孤独との戦い
シングルスの最大の敵は、相手ではなく、自分自身の孤独かもしれません。
「一人で戦っている」という孤独感。
「誰も助けてくれない」という不安。
でも、この孤独こそが、シングルスの本質です。
孤独を恐れず、むしろ楽しむ。「自分一人でコントロールできる」という自由を感じる。この心境に達したとき、あなたは真のシングルスプレイヤーになります。
④ 技術選択 ― ストロークの完成度が全ての土台
シングルスで必要な3大ショット
ダブルスでは、第21話で学んだように、ボレー・リターン・ロブが重要でした。
シングルスで最も重要なのは、ストロークです。
なぜなら、シングルスの大半の時間は、ベースラインからのストローク戦だからです。
3大ショット
①安定したクロスラリー
シングルスの基本中の基本。クロスラリーを続けられなければ、何も始まりません。
- ネットの一番低いところを通る
- 深く、安定して打てる
- 相手のミスを待つ忍耐力
②高弾道トップスピン
相手を後ろに下げるショット。第7話「時間を奪い合うスポーツ」で学んだように、相手を後ろに押し込むことで、攻撃のチャンスを作ります。
- 高い軌道で、ベースライン深くに落ちる
- 相手を後ろに追いやる
- 次の攻撃への布石
③逆クロスパス(ダウンザライン)
相手を崩した後の決定打。オープンスペースに打ち込むショット。
- ストレートへの正確なコントロール
- 相手の逆を突く
- ポイントを決める決定力
「ボレーの上手さより、粘るショットの正確さ」
ダブルスでは、ボレーが重要でした。でも、シングルスでは、ボレーより、粘るストロークの方が重要です。
もちろん、ネットプレーも大切です。でも、それは応用編。
まずは、ベースラインから、何本でも続けられるストロークを身につけることが、シングルスの土台です。
なぜ粘りが重要か
シングルスは、体力勝負でもあります。長いラリーを続けられる体力と、ミスをしない安定性。これが、シングルスの基礎体力です。
第4話「コントロール5つの要素」で学んだように、左右・前後・高さ・速さ・回転をコントロールし、確実に相手コートに返す技術。これがシングルスの最優先事項です。
⑤ 試合運び ― “自分の得意パターン”で世界を狭める
1試合に必要なパターンは3つで十分
シングルスでは、無限の戦術パターンがあるように思えます。でも実は、3つのパターンがあれば十分なのです。
パターンとは
「こういう展開になったら、こう打つ」という、自分の得意な流れのことです。
3つのパターン例
パターン①:クロスラリーから逆クロス
- フォアのクロスラリーを続ける
- 相手を右に追い出す
- 空いた左側(ダウンザライン)に打つ
- オープンスペースに決める
パターン②:高いスピンで押し込んでから前に詰める
- 高弾道トップスピンで相手を後ろに下げる
- 相手の返球が浅くなる
- 前に詰めてアプローチショット
- ボレーで決める
パターン③:バック側を攻めてフォアに展開
- 相手のバック側に深いボールを打ち続ける
- 相手のバックが崩れる
- フォア側にオープンスペースができる
- フォア側に打って決める
なぜ3つで十分か
すべての状況に対応しようとすると、混乱します。でも、自分の得意な3つのパターンに持ち込めれば、それで十分勝てるのです。
「勝つ=自分のパターンに持ち込むこと」
シングルスの試合運びの本質は、これに尽きます。
「自分の得意なパターンに、いかに持ち込むか」
相手がどんなプレイヤーであれ、自分の得意パターンに持ち込めれば、勝てる確率が上がります。
逆に、相手のパターンに乗せられると、負けます。
世界を狭める
「あらゆる状況に対応する」のではなく、「自分の得意な3つのパターンに、試合を限定する」
これが、「世界を狭める」という発想です。
第6話「試合で勝つ3つの条件」で学んだように、自分の得意な条件(高い打点、前、体勢が整った状態)を作り出し、そこから自分のパターンを展開する。
この戦略的な試合運びが、シングルスの勝利につながります。
練習で3つのパターンを磨く
自分の得意パターンは、練習で作り上げるものです。
- クロスラリーを何百本も打つ
- 逆クロスを狙う練習を繰り返す
- 高いスピンからの展開を体に染み込ませる
地味な反復練習の積み重ねが、試合での得意パターンを作るのです。
第12話「スクールに通うだけでは上達しない」で学んだように、自主練習でこれらのパターンを磨くことが、シングルス上達の鍵です。
シングルスとダブルスの違い:まとめ表
5つの違いを整理しましょう。
| 項目 | ダブルス | シングルス |
|---|---|---|
| ポジション | ペアとの角度基準 | 相手の位置に応じた全域防衛 |
| 戦術の目的 | 4人の位置関係を崩す | 相手を走らせてバランスを崩す |
| メンタル | ペアとの連携 | セルフマネジメント |
| 技術優先度 | ボレー・リターン・ロブ | ストローク(安定・スピン・逆クロス) |
| 試合運び | ペアとの役割分担 | 自分の得意パターンに持ち込む |
この表を頭に入れて、シングルスに臨んでください。ダブルスとは違う競技だという認識が、上達の第一歩です。
次回予告:初中級者がまず身につけるべき戦術
今回は、シングルスの本質として、ダブルスとの5つの違いを学びました。
次回(第27話)は、「初中級者のシングルス戦術:まず身につけるべき3つの武器」です。
シングルスを始めたばかりの人、初中級レベルの人が、最優先で身につけるべき技術と戦術を、具体的に解説します。
- 安定したクロスラリーの作り方
- 相手を崩す基本パターン
- ミスを減らす考え方
実践的な内容で、すぐに使える戦術をお届けします。
まとめ:シングルスは孤独な戦略ゲーム
シングルスは、ダブルスとは全く違う競技です。
- 一人でコート全体を守る
- 相手を走らせて崩す
- 自分一人でメンタルを管理する
- ストロークが全ての土台
- 自分の得意パターンで勝つ
これらの違いを理解し、シングルス特有の戦術を身につけることが、シングルスマスターへの道です。
そして、シングルスには、ダブルスにはない魅力があります。
- すべて自分でコントロールできる自由
- 相手との一対一の心理戦
- 孤独と向き合う成長
- 自分の力だけで勝ち取る勝利の喜び
シングルスは、孤独な戦略ゲーム。すべてを自分で決める、究極の個人競技。
次回から、さらに深くシングルスの世界を探求していきます。一緒に、シングルスの達人を目指しましょう!


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