上級者の真似より、基本の確立が先
前回、シングルスの本質を学びました。ダブルスとは全く違う、一人で戦うスポーツであることを理解しましたね。
では、シングルスを始めたばかりの人、初中級レベルの人は、まず何から始めればいいのでしょうか?
プロの試合を見ると、強烈なフォアハンド、華麗なドロップショット、美しいアプローチショット…様々な技術が目に飛び込んできます。
「あんな風に打ちたい!」
その気持ちは分かります。でも、上級者の戦術を真似する前に、まず”3つの武器”を確立することが先です。
なぜなら、どんなに派手な技術を持っていても、基本ができていなければ、試合では勝てないからです。
シンプルな戦い方こそ、勝率を安定させる鍵。
今回は、初中級者が最優先で身につけるべき「3つの武器」を、具体的な練習方法とともに解説します。この3つを徹底的に磨けば、あなたのシングルスは確実に強くなります。
① 武器1:安定クロスラリー ― ミスしないで相手を崩す基本
シングルス最強の武器
初中級者が最初に身につけるべき武器、それは安定したクロスラリーです。
地味に聞こえるかもしれません。でも、これがシングルスの最強武器なのです。
なぜなら、シングルスの大半の時間は、クロスラリーで構成されているからです。
プロの試合を分析すると、ポイントの70%以上が、クロスラリーから始まっています。つまり、クロスラリーを制する者が、シングルスを制するのです。
ネットの低い部分を通すリスク管理
クロスラリーが強力な理由は、リスクが最も低いからです。
ネットの高さの違い
- センター(真ん中):91.4cm
- サイドライン際:107cm
クロスに打つと、ネットの最も低いセンター部分を通ります。つまり、ネットミスのリスクが最小になるのです。
さらに、クロスはコートの対角線を使うため、距離が最も長いです。
- ストレート(ダウンザライン)の距離:約23.77m
- クロスの距離:約28.28m
距離が長いということは、アウトしにくいということ。つまり、クロスは最も安全なコースなのです。
第4話「コントロール5つの要素」で学んだように、テニスはコントロールのスポーツです。そして、最もコントロールしやすいのが、クロスラリーなのです。
相手のフォア・バックを分断するクロス角度
クロスラリーには、もう一つの効果があります。
相手をコートの外に追い出す
具体例
あなたがデュースサイド(右側)からフォアのクロスを打つと:
- ボールは相手のフォア側に飛ぶ
- 相手は右側(サイドラインの外)まで走らされる
- 相手がそこから返球すると、あなたのフォア側(右側)にボールが返ってくる
- あなたは自分の得意なフォアで打てる
このように、クロスラリーを続けることで、お互いに得意なショットで打ち合えるという特徴があります。
でも、相手を外に追い出せば追い出すほど、オープンスペース(空いているコート)が広がるのです。
“打ち続ける勇気”が最大の武器
初中級者が最も陥りやすい罠、それは「早く決めたい」という焦りです。
2球、3球とラリーが続くと、「そろそろ決めなきゃ」と思ってしまう。そして、無理に強打して、ミス。
でも、実は「打ち続ける勇気」こそが、初中級者の最大の武器なのです。
なぜ打ち続けることが強いのか
理由①:相手もミスする
あなたがミスせずに打ち続ければ、先にミスするのは相手です。初中級レベルでは、ラリーが続けば続くほど、ミスの確率が上がります。
理由②:相手にプレッシャーを与える
「この人、全然ミスしない…」と相手に思わせることで、心理的プレッシャーを与えられます。
理由③:チャンスボールが来る
ラリーを続けていれば、必ず相手が甘いボールを打つ瞬間が来ます。その時に決めればいいのです。
第6話「試合で勝つ3つの条件」で学んだように、体勢が整った状態で打つことが重要です。焦って打つより、チャンスを待つ。これが勝利への道です。
クロスラリーの練習方法
練習①:クロスラリーだけの練習
- お互いにクロスだけを打つ
- 目標:30本連続ラリー
- ミスしたら、またゼロから
地味ですが、これが最も効果的です。
練習②:壁打ちでのクロス練習
- 壁に向かって、斜めの角度から打つ
- 戻ってきたボールを、また斜めに打つ
- クロスの軌道をイメージしながら
一人でもできる、最高の練習です。
練習③:試合形式でクロス縛り
- 実際の試合形式
- ただし、最初の3球はクロスだけというルール
- 4球目から、どこに打っても良い
実戦に近い形で、クロスラリーの感覚を養えます。
② 武器2:深いスピンボール ― 押し返す時間戦術
スピン=防御と攻撃を兼ねた万能ショット
2つ目の武器は、深いスピンボールです。
トップスピン(順回転)をかけて、ベースライン深くに打つショット。これが、初中級者の強力な武器になります。
スピンの効果
防御として
- ネットより高い軌道を通るため、ネットミスが少ない
- 回転がかかっているため、コントロールしやすい
- 安全にラリーを続けられる
攻撃として
- 深く打てば、相手を後ろに押し込める
- 高くバウンドするため、相手の打点を高くさせる or 後ろに下がらせる
- 相手の時間を奪う
第7話「時間を奪い合うスポーツ」で学んだように、相手を後ろに押し込むことは、時間的優位を得ることを意味します。
“深さ”で相手のテンポを狂わせる
スピンボールで最も重要なのは、深さです。
深さの目安
理想は、ベースラインから1m以内に落ちるボールです。
- サービスラインとベースラインの中間では、まだ浅い
- ベースライン際に落ちてこそ、効果がある
なぜ深さが重要か
深いボールの効果
- 相手をベースラインの後ろに追いやる
- 相手は後ろから打たざるを得ない
- 相手の攻撃力が削がれる
- 相手の返球が浅くなる
- あなたにチャンスが来る
浅いボールの危険性
- 相手がコート内で打てる
- 相手は攻撃的に打ち込める
- あなたが守勢に回る
たった数メートルの違いですが、この深さが勝敗を分けるのです。
スピン練習ドリル例(目標ラインを決めて反復)
練習①:ターゲット練習
- ベースラインの1m手前にラインを引く(テープや縄跳びなどで)
- そのラインより後ろに落とすことを目標に
- 50球打って、何球入るかカウント
- 最初は20球、次は30球、最終目標は40球以上
練習②:高さを意識した素振り
- ネットの高さ(1m)より、2m高い位置を通すイメージ
- 素振りで、そのスイング軌道を確認
- 実際に打つ時も、同じ軌道を意識
練習③:連続スピン練習
- 球出しで、連続してスピンボールを打つ
- すべて深く打つことを目標に
- リズムよく、20球連続で打つ
地味な反復練習ですが、これがスピンボールの精度を上げます。
第12話「スクールに通うだけでは上達しない」で学んだように、自主練習での反復が技術を磨きます。
③ 武器3:決め球ではなく”流れを変える1球”
ドロップ・スライス・ロブ=リズムを壊すための3種の変化球
3つ目の武器は、意外に思われるかもしれません。
それは、決め球ではなく、流れを変える変化球です。
初中級者は、「強いフォアハンド」や「速いサーブ」を決め球にしようとします。でも、それよりも重要なのが、相手のリズムを壊すショットなのです。
3種の変化球
①ドロップショット(短いボール)
- 相手が後ろにいる時に、ネット際に落とす
- 相手を前に走らせる
- 前後の揺さぶり
②スライス(低く滑るボール)
- バックハンドスライスが代表的
- 低い軌道で、バウンド後に滑る
- 相手の打点を低くさせる
③ロブ(高いボール)
- 相手が前に詰めてきた時に、頭上を抜く
- 時間を稼ぐ
- 相手を後ろに下げる
なぜ変化球が重要か
相手は、あなたのリズムに慣れます。クロスラリー、スピンボール、同じリズムが続くと、相手は予測しやすくなります。
そこに、突然の変化を入れることで、相手のリズムを崩せるのです。
第18話「格上に勝つための5つの心理戦術」で学んだ「パターンを見せてから裏切る」戦術と同じです。
1ポイントを取るより「相手のリズムを断つ」発想
初中級者は、変化球で「決めよう」とします。
「ドロップショットで1発で決める!」
「スライスでエースを取る!」
でも、それは間違いです。
変化球の真の目的は、決めることではなく、相手のリズムを断つことです。
正しい使い方
ドロップショットの場合
- 相手を後ろに押し込む(スピンボール)
- 相手が後ろにいる状態を作る
- ドロップショットで前に走らせる
- 相手が必死に追いついて返球
- その甘い返球を決める
ドロップショット自体で決めるのではなく、ドロップショットで相手を崩し、次のボールで決めるのです。
スライスの場合
- 高いスピンボールを数本打つ
- 相手が高い打点に慣れる
- 突然、低いスライス
- 相手は低い打点に対応できず、ミスまたは甘い返球
- その次で決める
ロブの場合
- 相手が前に詰めてくる
- ロブで頭上を抜く
- 相手が後ろに走る
- 相手の体勢が崩れる
- 次のボールで攻める
このように、変化球は「次への布石」なのです。
第26話で学んだ「3段階思考」(スペースを作る→突く→締める)の実践です。変化球は、第1段階の「スペースを作る」ための道具なのです。
変化球の練習方法
練習①:パターン練習
- スピン3球 → ドロップ1球 → 前に詰めてボレー
- このパターンを10セット繰り返す
- ドロップショットで決めるのではなく、次のボレーで決める意識
練習②:リズム変化練習
- 通常のラリー5球
- 6球目に変化球(スライス or ドロップ or ロブ)
- 7球目で決める
- このパターンを体に染み込ませる
練習③:試合形式で変化球縛り
- 実際の試合形式
- 1ゲームに必ず1回は変化球を使うルール
- 変化球の効果を実感する
④ 練習メニュー例:初中級者の1時間シングルスドリル
3つの武器を効率的に磨くための、1時間の練習メニューを紹介します。
前半15分:安定ラリー(武器1の強化)
目的:クロスラリーの安定性を高める
メニュー
- ウォームアップラリー(5分)
- お互いに、クロスラリーを打ち合う
- まずは体を温める
- 30本連続チャレンジ(10分)
- クロスラリーを30本連続で続ける
- ミスしたらゼロから
- 達成したら、次は40本、50本と増やす
ポイント
- 強く打つ必要はない
- ミスしないことが最優先
- 深さと安定性を意識
中盤20分:スピン深さドリル(武器2の強化)
目的:深いスピンボールの精度を上げる
メニュー
- ターゲット練習(10分)
- ベースライン1m手前にラインを設定
- 球出しで、そのラインより後ろに打つ
- 50球中、40球以上を目標に
- ラリー形式での深さ意識(10分)
- 通常のラリー
- お互いに、ベースライン深くを狙う
- 浅いボールは「もっと深く!」と声をかけ合う
ポイント
- 高い軌道を意識(ネットから2m以上高く)
- しっかりスピンをかける
- 深さを最優先
後半25分:展開+1本決め練習(武器3の統合)
目的:3つの武器を組み合わせて、ポイントを取る練習
メニュー
- パターン練習(10分)
- 「スピン3球 → ドロップ → 前に詰めてボレー」を10セット
- 「クロスラリー5球 → 逆クロス → 決め」を10セット
- 実戦で使えるパターンを体に染み込ませる
- ポイント練習(15分)
- 実際の試合形式
- ただし、「必ず変化球を1回使ってからポイントを決める」というルール
- 変化球の効果を実感する
ポイント
- 1球で決めようとしない
- 3段階の思考(崩す→変化球→決める)
- 相手のリズムを壊すことを意識
クールダウン(5分)
- 軽いストレッチ
- その日の練習の振り返り
- 次回の目標設定
3つの武器が揃った時
この3つの武器、
- 安定クロスラリー
- 深いスピンボール
- 流れを変える変化球
これらが揃った時、あなたは初中級レベルを卒業します。
そして、次のステージ(中上級)へと進む準備ができます。
次回(第28話)では、中上級者の戦術として、さらに高度な技術と戦略を学びます。
まとめ:シンプルこそ最強
初中級者は、複雑な戦術を求めがちです。でも、本当に強くなるのは、シンプルな3つの武器を徹底的に磨いた人です。
- クロスラリーでミスせず、相手を崩す
- 深いスピンで相手を後ろに押し込む
- 変化球で相手のリズムを壊す
この3つだけで、初中級レベルでは十分勝てます。
第14話「試合後の振り返りノート」で学んだように、自分の得意パターンを作ることが重要です。そして、初中級者の得意パターンは、この3つの武器から生まれるのです。
シンプルな戦い方こそ、勝率を安定させる鍵。
派手な技術に憧れる気持ちは分かります。でも、まずは基本を徹底的に。その先に、本当の強さがあります。
次回は、この3つの武器をベースに、さらに高度な戦術を学びます。お楽しみに!


コメント